2013年11月5日

奇跡のむらの物語


 


 友人が紹介してくれた『奇跡のむらの物語』を読んだ。奇跡などという大仰な言葉を冠した題名は好みじゃなかったが、読み進むうちにやはりこの物語は奇跡だろうと思った。副題は「1000人の子どもが限界集落を救う!」。人口が二千人に満たない長野県泰阜村が舞台だった。その寒村に千人もの子どもたちがキャンプに訪れる。村や村人と、NPOグリーンウッドのスタッフらが恊働し、キャンプばかりか山村留学、自然学校などを展開し、教育を柱に据えて村と村人の意識を見事に蘇らせた。

 この本の著者の講演を聞いた友人は、会場でマスノの顔を思い浮かべたのだと言う。福島の子どもたちを招いた保養キャンプをこれで一年あまり仲間たちと継続して開いているからだが、ほかにも同様のプログラムを開いている団体はいくつもあるわけで、その中でなぜマスノかと考えた。友人には、この本人にさえ見えない心の内が透けて見えたのかもしれない。読後に感じているのは、この世界がこれからやってみたいと描いているものかも知れない、ということだった。

 高齢者ばかりが残り限界集落と言われる辺境の村に住む人たちの思いとはどんなものだろうか。都会生活の視点から見た姿が人間社会の理想に思えた時代はいまだにつづいているんだろうか。中央志向の人間社会こそそろそろ限界に差し掛かっているような気がしないでもない。寒村を訪れた子どもたちが、村人には当たり前過ぎる風景や暮らしの知恵に感動の声を上げた。村人は、忘れ去っていた村の宝物に改めて気づきはじめた。こんな村には未来はないと我が子を都会へと押しやってきた過去を省みた末、受け継いで来た伝統を今改めて都会の子どもたちへと伝え始めている。言葉にするとなんとも味気ないけれど、そこに生まれただろう数々のドラマを想像しながら、世代を越えた交流があってこそ健全と言える人間社会の舞台は、都会よりむしろ辺境の地こそが相応しいだろうと思える。生きる力とは、暮らしの中から生まれてくるものだ。

 「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」と、輪島を舞台にした「鴻の里」と、本の内容にあるような舞台が今目の前にある。読みながらそのことをずっと感じていた。原発事故と放射能問題から子どもたちを守り応援することと、限界集落にも近い鴻の里での野良仕事や自然生活と、どんな形になるのか今はまだなにひとつわからないが、この両者が連携してさらに磨きをかけた物語に発展しないものだろうか。夢を夢で終わらせない行動力が不可欠ではあるけれど、余生を過ごすにはあまりある意義を感じてしまう。

 けれど、事は言うほど簡単じゃない。実際、泰阜村の物語は今から二十五年もさかのぼって始まる。外から入ってきた若者の情熱と、苦労を厭わない日々の積み重ねと、支え合う仲間。さらには過酷な山村の暮らしを生き抜いてきた人々の知恵と誇り、崇高な思想を持ち強力なリーダーシップを発揮する村長ら行政との連携。必要不可欠な存在が力を合わせてこそ実現した。

 泰阜村の松島村長はあの “平成の大合併" の折、「我々が守るのは村ではない。どんな体制で仕事をしようが、地域のことは住民が決める自己決定権を手放さないことだ」と言い、合併反対を貫いたそうだ。国策のエネルギー政策にからむ原発問題がいい例だ。国の力に押し潰されることで生かされてきた地方自治体の無力さを思うと、泰阜村の人々の気概こそが生きて行く上でもっとも大切に守らなければならないものだとわかる。何もない村のすべてのさりげないものが、実は決して失ってはならない財産だった。

 今はまだ、何も動いてはいない。ただ歩んでみたい道がぼんやりとでも見えてきたように、小さな芽が顔をのぞかせている気がする。










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