2013年11月6日

鴻の里 #016 棚田の跡





 鴻さんたちが裏の田んぼと呼んでいる棚田は遠く日本海を見渡して広がり、輝
く陽光が届かない日でもため息が出るばかりに見事だ。「気持ちいいですねえ、
こんなところで田んぼをしていたなんて」と、だれもが口にしそうなことしか言
えなかった。「能登にはこんな風景あちこちにありますよ」。「え?そうなんで
すか」と驚いた。これまで何度も能登半島をまわりながらいったい何を見てきた
のか、愚鈍な自分にあきれかえるが、こうして私有地でもある能登の奥深くに分
け入るなど思えばほとんどなかったことだ。ふるさとの棚田の風景を復活させる
夢を抱いて取り組み始めた鴻さんたちの田舎暮らしは、端で考えているほど甘く
はないようだ。ゆったりしているようで、日々することは絶えない。便利な町か
ら離れた自然に寄り添う生活は、暮らすことがそのまま生きることでもある。案
外忙しいのだ。まだ手を加えるゆとりのない裏の田んぼを、豊彦さんは言葉もな
く見つめていた。そしてその田んぼを、まさかこのド素人に任せてくれるとは…
いつかはやってみたいと願っていた田んぼにはちがいないけれど、気持ちのいい
この土地で、しかも自由にしていいと、まるで夢のような話だった。農機具も苗
もすべてがそろっている。足りないのは、人手だけ。いや、田んぼ一枚鍬一本で
できるかもしれない。などと迷ったあげく、お引き受けすることにした。まずは
鴻の里の非常勤の一員として、半農半写真生活が動き出す。素人らしく「鴻の里
同好会」として仲間作りも兼ねながら。










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