2013年11月3日

鴻の里 #014 笑顔





 いい顔とは笑顔のことではけっしてないと思うけれど、鴻豊彦さんの笑顔だけ
はいい顔だとそれに出会う度につくづく思う。輪島の生家に越してくる前は金沢
に住み、構造計算を生業としてフリーで忙しい毎日を送っていたそうだ。今もそ
の仕事と並行したいわば兼業農家ということになる。「こっちに住むようになっ
て痩せましたよ、すっかり健康になってしまって」とまた笑った。金は回るだろ
うが時間に追われた町の生活と比べ、里山のリズムは時に止まっているような気
さえするほどゆったり流れている。仕事量はほどほどで、だから息をつくひとと
きが確かに何度となくある。時間を自らの領分で管理できることは、思えばとて
も幸せなこと。土の上で働き、空を見上げて汗を拭く。片時の手伝いに過ぎない
者もたったそれだけのことに満足している。人間もまた自然のリズムで生かされ
ている証のひとつだろう。「田んぼをするようになって、ひとつ大きく変わった
ことがあるんですよ」。一年をサイクルとした過程のひとつひとつに向き合い、
丁寧に取り組む経験と意識が構造計算の仕事にも好影響を及ぼしているのだとい
う。「これまでは量をこなすやり方で、今は質を高めている実感があるというか」
同い年のフリーランスの立場として実によくわかる感覚だ。もはや生きることを
急ぐ必要はないのだ。目的地は、息づいて生きている今、まさに生まれた此の土
地だったのだろう。豊彦さんの笑顔は、時に田んぼの草や虫を連想させる。自然
農はそれらを敵としないからだろうか。環境に溶け込みこそすれ、何者とも争う
必要がないのだ。










 

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